先日、こんな記事を書きました。
私のApple Watch (SE2)に表示される推定VO2maxは「54」。
10kmのベストタイム45分58秒から、Jack DanielsのVDOT Running Calculatorで算出したVDOTは「44.2」でした。
その差を解釈して練習に活かす方法を考えてみました。
ランニングの研究では、この差がどのように扱われているのかが気になりましたが、小規模な研究しか見つかりませんでした。
文献を探す過程で気になっていたのが、「そもそもランニングウォッチが表示するVO2maxはどのくらい正確なのか?」という点です。
そちらを題材にした論文の方が多く見つかったので、今回は一つ読んでみました。
Validity of Estimating the Maximal Oxygen Consumption by Consumer Wearables: A Systematic Review with Meta-analysis and Expert Statement of the INTERLIVE Network
という論文です。
Sports Medicineに2022年に掲載された、ウェアラブルデバイスによるVO₂max推定精度を検討したシステマティックレビュー+メタ解析です。
そもそもVO₂maxは本来どう測るのか
VO2max、最大酸素摂取量は、持久系スポーツでよく使われる心肺機能の指標です。
本来は、運動負荷を段階的に上げながら、マスクをつけて呼気中の酸素と二酸化炭素を測定します。
つまり、研究室などでガス分析を行って測定するのが基準です。
今回のレビューでも、比較対象となるVO2maxには、最大運動負荷試験と呼気ガス分析による測定値が用いられています。
しかし、市民ランナーが日常的にそんな検査を受けるのは現実的ではありません。
そこでランニングウォッチを使って、心拍数や走行速度などの情報からVO2maxの「推定値」を得ることになります。
問題は、その推定値がどこまで本物に近いのか、ということです。
14研究、403人をまとめたメタ解析
このレビューには、最終的に14研究、合計403人が含まれました。
ウェアラブルによるVO2max推定方法は、大きく2つに分類されています。
ひとつは、安静時の情報から推定する方法。
もうひとつは、実際に歩いたり走ったりした運動中のデータから推定する方法。
14研究のうち、それぞれ8研究が安静時ベース、8研究が運動ベースの推定を検証していました。
一部の研究は両方を扱っています。
運動中のデータを使うウォッチは、平均するとかなり正確だった
メインとなる結果がこちらです。
安静時情報を使うウェアラブルでは、実測VO2maxに対して平均+2.17 mL/kg/minと、やや高く推定されていました。
一方、運動中のデータを使って推定するタイプでは、−0.09 mL/kg/minでした。
後者はほぼゼロです。
「ランニングウォッチのVO2maxは意外と正確なのでは?」と思いたくなる結果です。
ここで安心して話を終えてもいいのですが、重要な結果はこの後です。
平均では正確のように見えても、一人ひとりを見ると大きくズレる
研究では、平均値の差だけでなく、Bland–Altman解析による「limits of agreement(誤差の範囲)」も検討されています。
運動データを使ったVO2max推定では、−9.92〜+9.74 mL/kg/minという範囲でした。
つまり、集団全体で平均すれば実測値との差はほぼゼロなのに、個人では10 mL/kg/min近く高く出たり、逆に低く出たりする可能性があるということです。
たとえば2人のランナーがいたとして、
Aさん:実測より+8
Bさん:実測より−8
だったとします。
平均すると誤差は0です。しかし、それぞれの人にとっては8も違います。
つまりプラス側にもマイナス側にも同じだけ過剰な推定がされうる、ともいえます。
もちろんその幅の中で、正確な評価がされている人もいるかもしれません。
しかし正確な推定がされている人と、過剰に評価されている人の割合・分布がわかりません。
極端な話をすると、誤差0付近の人はほとんどいなくて、誤差+8〜+10の人たちと同じくらい誤差-8〜-10の人たちがいても、誤差の平均が0だといえます。
この論文の著者らも、個人レベルの誤差は依然として大きいとしています。
私の「54」は本当に54なのか?
ここで、自分のApple Watchに戻ります。
表示されているVO₂maxは、54 mL/kg/minです。
今回のメタ解析の結果だけを見るなら、「実際には45くらいかもしれないし、60を超えているかもしれない」というくらいの個人差があっても不思議ではありません。
しかし残念ながら、このレビューではApple Watchは検証されていません。
対象になったのはPolar、Garmin、Fitbitなどです。
Apple、Suunto、Corosなどについては、当時は十分な科学的検証がなかったため、今後の研究が必要なブランドとして挙げられていました。
VO₂max 54とVDOT 44.2の差が9.8だったのは?
私の場合、
Apple Watchの推定VO2max:54
VDOT:44.2
なので、差は9.8です。
偶然ですが、この値は研究で示された運動ベースVO2max推定のlimits of agreement、約±9.8とほぼ同じ数字です。
ただし今回の研究が比較しているのは、ウェアラブル推定VO₂max vs 呼気ガス分析による実測VO₂maxです。
一方、私が気になったのは、Apple Watch推定VO₂max vs レースタイムから算出したVDOTです。
つまり、この論文によって私の9.8の差が説明されたわけではありません。
それでも、「ウェアラブルの数字そのものに、個人レベルではかなり大きな誤差があり得る」ことはわかりましたし、個人的には「VDOTとの差も受け入れられるレベル」、とも考えることができました。
手首の心拍測定も誤差の原因になる
もうひとつ、なんとなく「そうだろうな」と考えていたことがこの研究では説明されていました。
心拍数の測定誤差です。
VO2maxを推定するには、走行速度だけでなく心拍数が重要な情報になります。
多くのスマートウォッチでは、手首の光学式センサー、いわゆるPPGで心拍数を測っています。
今回のレビューでは、胸ストラップを使った研究と、手首PPGを使った研究がありました。
運動負荷を使った研究では統計学的に有意な差とはならなかったものの、PPGを使用した研究の方で誤差範囲が大きい傾向がありました。著者らは、心拍数測定方法もVO2max推定精度に関係する重要な要素として挙げています。
この研究の限界
今回の研究結果を読む際には、もうひとつ注意点があります。
14研究のうち、リスク・オブ・バイアスが「high」と評価された研究は11本(79%)もありました。
いつものように、「複数研究をまとめたメタ解析だから、結果はかなり確実」と単純に考えることはできません。
また、対象者は平均24.6歳と若く、健康で活動的な人が中心でした。
著者らも、高齢者、座位時間の長い人、肥満者、高度にトレーニングされたアスリートなど、より幅広い集団で検証する必要があるとしています。
市民ランナー全体に、そのまま当てはめられる結果ではありません。
ランナーとしては何を見ればよいのか
結局、ランニングウォッチのVO2maxだけで「走力」を判断するものではないと思います。
むしろ、どこが足りないかを判断する材料と考えたいです。
以下のような項目と組み合わせて考えると、自分に必要なトレーニングが見えてくると思います。
- 推定VO2maxの長期的な変化
- 実際のレースタイム
- VDOT
- 閾値走で維持できるペース
- 同じペースでの心拍数
- ロング走後半の余裕度
- インターバルのタイムとレスト
VO2maxが上がっているのにレースタイムが伸びないなら、
ランニングエコノミー、閾値、筋持久力のいずれかが課題なのか。
それとも単純に推定VO2maxが高めに出ているのか。
と考える材料にできます。
数字のズレそのものが、トレーニングの方向性を考えるきっかけにできるわけです。
まとめ:平均では正確。しかし各個人の数字が正確とは限らない
今回のシステマティックレビューでは、消費者向けウェアラブルによるVO2max推定精度が検討されました。
特に運動中の情報を使って推定するタイプでは、実測VO2maxとの差は平均−0.09 mL/kg/minと、集団レベルでは非常に小さい結果でした。
しかし、個人レベルではおよそ−10〜+10 mL/kg/minというかなり大きな誤差があり得ました。
この論文が教えてくれていることは、
「平均的に正確であることと、個別の推定値が正確であることは別」
ということです。
Apple Watchに「VO2max 54」と表示されれば、やはりうれしいです。
ただし、「自分のVO2maxは54だ」とは考えないようにします。
一方で数字を全く無視するのではなく、VDOTとの比較から、普段の練習内容と合わせて見れば、自分の変化や課題を考える材料になります。
私の場合は、Apple Watch 54、VDOT 44.2という大きなズレがあったからこそ、自分の練習内容を改めて考えるきっかけになりました。
参考文献
Validity of Estimating the Maximal Oxygen Consumption by Consumer Wearables: A Systematic Review with Meta-analysis and Expert Statement of the INTERLIVE Network
Sports Medicine (2022) 52:1577–1597.