2025年10月、私は人生初のフルマラソンに参加しました。
ちょうどランニングを始めて9ヶ月ほどの時期でした。

参加したのは横浜マラソン2025でした。
本来なら初マラソンとしていい思い出になるはずでしたが、
そうはなりませんでした。

この時は、右内転筋の肉離れから2ヶ月ほどしかたっておらず、当然十分に回復しないままの強行参加でした。
しかし、リハビリを重ね練習を徐々に再開できており、
「なんとかなるだろう」
という根拠のない自信を持っていました。

レース計画も、サブ4ペースで行けるところまで行って、あとでペースを落としてなんとか完走する。
というものでした。
なんとも雑ですね。

怪我人らしく、
「こうなったらDNFしよう」という計画をすべきでした。
しかしその時の私はDNFを考えられませんでした。
そもそもDNSでも良かったはずなんですが。

結果として、怪我を悪化させました。

最終的にはゴールに辿り着き、完走メダルも受け取りました。
しかし、これを「完走」といってはいけないと思います。

今回は反省も兼ねて、横浜マラソン2025に参加した、失敗だらけの1日を振り帰りたいと思います。

会場到着まで

朝3:30起床 すでに準備不足

レースのスタートが8:30でした。
7:30までに会場に着きたい。
5:30までに食事は終わっていないといけない。
と思い、朝は3:30ごろに起きました。

前日は22:30ごろ就眠だったので5時間睡眠です。
ここが1つ目のミスです。

睡眠不足はコンディションを悪化させますし、怪我のリスクも上げます。
いつも通りの生活をしていたのもいけませんが、もっと早く寝るべきでした。

朝食は、アミノ酸のサプリを飲んで、バナナ、おにぎりで済ませて予定通り出発しました。

問題は服装でした。普段の練習着に薄いジャージ上下を着て出発しました。
しかし、この日は雨が降ったせいでかなり寒かったです。
駅で震えて電車を待つことになりました。
これもミスですね。

初フルなのに怪我も治しきれておらず。
睡眠や天候への備えが甘すぎました。
すでに出だしからつまづいていますね。

早く出たのに会場には遅れて着く

最寄駅から予定より早い時間の電車に乗りました。
駅のホームが寒すぎたので、とりあえず来た電車に乗ってしまいました。

途中で、みなとみらい駅までの直通電車に乗り換える予定でした。
乗り換え駅には予定より早く到着し、この時点では余裕がありました。

さらに目的地方面の「元町・中華街行き」の電車がすぐに来たためこれに乗り換えました。

「これで会場でのトイレ、着替え、準備運動の時間が確保できた」

と喜んでいたのですが、
みたとみらい駅に到着した時間は最初の計画より30分も遅れていました。

なぜか?

実は自分が乗り換えた電車は急行だったのですが、後から来る電車が途中で「特急」に切り替わり、追い抜いていく電車だったのです。

車内放送をよく聞いていればこれに乗ることもできたはずです。
そのとき私は立ったまま居眠りしていて全く気づけませんでした。

最初の駅で寒さを我慢して、予定通りの電車に乗っていれば、乗り換え駅で最初に来た電車がその特急でした。

早く出たのに、結果として遅く着く。
このミスはかなり大きかったです。

会場の混雑を甘く見ていた

みなとみらい駅で降りて、まずトイレに寄ろうとしました。
しかし、そこはすでに行列ができていました。
仕方なくそのまま会場に向かいます。

横浜マラソンは参加者約2万9000人規模の大会なだけにかなりの混雑でした。
余裕の時間で到着するつもりだったこともあり、ここの混雑は計算に入れていませんでした。

会場に着くまでにもかなり時間がかかりました。

会場には入り口が複数あり、最初はどのゲートから入れるのかわかりませんでした。
結局、雨の中、敷物の上に荷物を置き、ジャージを脱いでポンチョに着替えました。

その後、荷物をまとめて会場入り。
手荷物預けの締め切りがせまっていましたが、ここでもトイレの長い行列がいくつもできていました。
「スタート前の最後のチャンス」
と思いそこで並びました。

結果として、このトイレ待ちのせいで準備運動が全くできませんでした。
この最後のタイムロスが一番こたえました。

実際には荷物を預けたあとでも、スタート地点近くまで仮設トイレは複数ありました。
そこまで慌てなくてもよかったのです。

これは完全に経験不足からの失敗です。

レースの振り返り

スタートブロックでの失敗

私は実績もなくフルマラソン初参加だったので、Hブロックに入りました。
スタートブロックはとにかく人が多かったです。
スタートラインまでもかなり遠かったので、思わずブロックの前の方につめてしまいました。

ここでの失敗は、前に詰めた結果、集団の中に入ってしまったことです。

あえてブロックの前の方に行かずに後ろの方にいれば、人がまばらで準備運動やストレッチを十分できました。
そこまで頭が回りませんでした。
意外にも、スタートまで15分近く余っていたので、この時間はもったいなかったです。

このあとゲストのかたがたのトークや、スタートまでのカウントダウンなどありました。
しかし私の位置からは全く見えず、トークの内容も全く聞き取れませんでした。

ここに辿り着くまでに、すでに時間との戦いで疲れていました。
右内転筋の違和感も気になっていました。

初フルのスタート前なのに、気分は全く盛り上がりませんでした。

スタートから15km地点まで

号砲から実際にHブロックがスタートするまでに10分以上は経過していたと思います。
スタートラインを通過するまでには20分が経過していました。

そこまでは混雑のためほとんど歩きでした。
スタートラインを切ってからは走ることができました。
それでもかなりの混雑でなかなか前に出られません。
自分でスピードを落とさなくても6:15/kmペースくらいでした。

そもそも怪我しているのだから前に出なくてもよかったのですが、
まだサブ4ペースにこだわっていました。

混雑から抜けるために無理のない範囲で追い抜いていくのですが、
水たまりが多くスムーズには進みませんでした。

ジグザグ走行。
スピードの上げ下げ。
水たまりを避ける動き。

平均ペースは遅くても、かなり足を削られました。

3km付近からようやく5:36/km平均で走れるようになり、ひたすらこのペースを維持しようとしました。

今思えば、この時点ですでに間違っています。

怪我明けの初フルで、雨の中、人混みを縫うように走りながら、サブ4ペースで走ろうとする。
かなり無理のある走り方でした。

15km過ぎ 内転筋が痛み出す

15kmを過ぎたあたりで、ついに右内転筋が痛みだしスローダウンしました。
しばらく痛むところを押さえながら走ると、少しずつ痛みが軽くなり、18kmあたりからだいたい元の走りに戻せました。

やめどきはここだったと思います。

横浜マラソンは20〜35km地点までは高速道路を走るコースになっています。
その高速道路に入る前に長い登り坂があります。
ここでハムストリングとふくらはぎに大きな負担がかかりました。

本当はこのセクションで棄権すべきだったのだと思います。
振り返れば、ここが怪我を悪化させない最後のチャンスでした。

28kmから35km ついに走れなくなる

高速道路の手前までは5:36/kmをおおむね維持できていたと思います。
とにかく、遅くなっても走りを止めないという目標で走り続けました。

しかし高速道路のアップダウンがききました。
28km地点で両足が攣りそうになりました。
そこでついに走りを止めてストレッチをしました。

「なんとしても歩くのだけは避けよう」

と思っていましたが、終了です。

30kmを過ぎると今度は両膝の外側(腸脛靭帯)が痛み出しました。
これが原因で何度も立ち止まります。

歩いて痛みを落ち着かせて、また走るの繰り返し。
「走る」のほうは、ほとんど速歩きか、それより速いくらいでした。
実質的には「歩き」だったと思います。

走り続けるのは諦めました。
そこからは高速道路の景色を見たり、エイドでの立ち食いなどを楽しみました。

35kmからゴールまで

35km地点あたりで高速道路を降りました。
膝の痛みが限界でした。
もうほとんど走れません。

歩きと走りの繰り返し。
割合としては、歩く3に対して走る1くらいでした。

最後の5kmは1kmごとがかなり長く感じられました。
それ以前に飽きました。遅く動くことに。

周りに目をやると、棄権して車椅子で運ばれているランナーも見かけました。

自分もそうしたほうがいいのではないか?
何度か迷いましたが、

「やっぱり完走メダルはもらって帰ろう」

という気持ちが最後の支えになりました。

そしてゴール。
最後まで心臓も肺も元気なままで、一方で足はボロボロでした。
ゴールタイムは4時間55分52秒でした。

完走ではないですね。走り切ってないのですから。
感動は一切なく、とにかく情けなく悔しかったです。

全体を振り返って

そもそも怪我しているのにレースに参加したことが間違いでした。
それ以外の失敗は、時間の使い方や計画性の問題だったと思います。

走れなくなってからは、とにかく3つの痛みがつらかったです。
①膝の痛み
②ハムストリングとふくらはぎの攣り(寸前)
③右内転筋の痛み

膝は、右内転筋を痛めていたため代償したのだと思います。
特に大腿筋膜張筋や腸脛靭帯が負担を引き受けた結果かと。
ハムストリングやふくらはぎは、高速道路の入りの登りと、その後のアップダウンに削られました。

ところで自動車用の道路はアスファルトが硬いためか着地のダメージが大きい気がしましたが、気のせいでしょうか?

最後に、この日に経験した失敗の数々をまとめます。
1日でこれだけ失敗できる人はほかにいないかもしれませんね。

初マラソンでの失敗まとめ

睡眠不足
寒さ対策の不足
移動計画の甘さ
会場の混雑を見込めていなかった
トイレ計画の甘さ
準備運動ができなかった
スタートブロックでの位置取り
怪我を抱えているのにペースにこだわった
痛みが出てもDNFできなかった

次にフルマラソンを走るなら

まずは怪我をしていない状態でスタートラインに立ちたいですね。

そして、とにかく42.195kmを歩かずに走り続けられる体を作り上げること。
速く走る前に、まず止まらずに走る。
ペースを狙う前に、最後まで走れる脚を作る。

そのためには、練習を途切れさせずに続けられるような計画を立てることだと思います。

無理な練習で故障して、練習が途切れる。
治りかけでまた走って、また痛める。
そういうことを繰り返していては、フルマラソンにはつながりません。

私の初フルマラソンは、失敗だらけの1日でした。
しかし、今後何をしなければいけないのかを教えられました。
レースで成功するには、一度はこういう経験が必要なのかもしれません。

みなさんは、初フルマラソンでどんな失敗をしましたか。
また、怪我を抱えたレースで「出るべきではなかった」と感じた経験はありますか?